春うらら

「長い前置き」の後にある文章

ヒーローは人を救ってまた自分を救えるのだろうか【スーパーヒロイズム】

みなさまご機嫌いかがですか。本日はミュージカル SUPER HEROISM 7月3日夜公演を見てきたので感想をばという塩梅でございます。

 

テンポが良くコミカルな雰囲気で進む物語は面白くてとっても鑑賞しやすかったです。

一応断りを入れておきますがネタバレに対する配慮はございません。

俳優さんたちの演技についてというより、物語についての解釈への言及がほとんどです。

 

 ここから本編

 

天真爛漫の四文字を体現したような少年のモノローグから舞台は始まる。

 

フリーターで時間があること以外の取り柄のない”ゴタンダ”とかなり個性の強いスーパーの店員たちとのコミカルな掛け合いで物語はスピード感をもって進んでゆく。

 

ヒーローにあこがれを持つだけの、なんの取り柄もないと思っていた少年は、そのまっすぐさを武器に、皆に影響を与えるほんものの「スーパーヒーロー」へと成長したのだ。

 

自分の想いを犠牲にして”ピーマン”と”チサ”の恋を応援するべく、ある計画を立て、実行するも物語はまさかの結末で終焉を迎える。

 

華々しいカーテンコールを終え、舞台は円満に幕を閉じると思いきや、フォーマルな服装で身を包んだ”ピーマン”が現れ、エピローグが始まる。

 

この舞台は、美大を卒業して劇作家かなにかになった彼が若いころに体験した物語だったという。

 

このお話は、ある男の子たちが一人の女の子に片思いをする話ではなく、「愛の売り場」を見つける話であり、一人の青年が誰かを守り、だれかを愛し、そしてヒーローでいることが言いたかったのだと。

 

ここで私は思った。本当に伝えたいことをエピローグという形式で直接言語化してしまっては我々観客の思考を止めてしまうのではないか。そして、物語の余白として残しておいてほしかったところを、どうして言ってしまうのだろうかと。正直に言うと、この”ピーマン”が話している間の私は終幕直前にして興ざめしてしまったのである。

 

しかしエピローグの最後の最後で”ゴタンダ”はこう言った。

 

「ヒーローは、案外むなしいものである」

 

 

私は、衝撃を受けた。

この一言を聞く直前まで狭まり切っていた「物語の余白」がぐんと、音を立てて広がる。

 

まずは”チサ”について思うことから述べていきたい。

この物語において、問題を提起する役割を担った彼女は裏の主人公ともいえる。

彼女が話し出した序盤の台詞

「私の価値はゼロ円、あなたの価値はいくらですか?」

には驚きを隠せなかった。独特の空気とテンポ感で場の雰囲気を締めてゆく彼女は最初からいくらか異質を演出していた。その間で繰り出すこのセリフはまるで何でもない的外れなところを突くようで核心を突きに行っている。

 

に価値はあるのか。価値とは何か。

金は分かりやすい定量的な「価値」として扱えるけれど、ただのコインや紙きれは本当に価値があるのか。

いま、生きていることに意味があるのか。

 

そのようなことを日々感じながら生きていた一人のさみしい少女。

愛の価値が、愛の意味が分からなくて、金さえあれば愛なんかいらないと言い放った彼女は、実は誰よりも愛に飢えて、愛を求めていたに違いない。

 

閑話休題となるがここでODA(オーディーエー)”オダ”の話をする。

彼も生きることの意味を見失って路頭に迷った人間だ。

 

大事な人を失い(本当に不倫していたのなら自業自得だが)、大きな悲しみに溺れる日々。もう何をしたっていいやと自暴自棄になった果てにやった行動があの脅迫文。やっていることは非常に滑稽だがこれも「誰かに見てほしい」そういった感情の表れではないだろうか。

 

その彼が犯人だと自白するときに”ゴタンダ”がとった行動は正しく人を救うスーパーヒーローだった。

人は一人で生きてはいない。周りと影響を及ぼしあって、支えあって生きているのだということを体を張って伝える(ヒーローはそんな打算で動かないから本能だが)その姿に”オダ”はかなり救われただろう。

 

”ゴタンダ”は、だれかを守るために、愛ある行動を、そしていつでも「スーパーヒーロー」であることでスーパーで働く皆やピーマンに勇気を与えていった。

そんなヒーローにも救いきれないものがあるのだ。”チサ”は愛について分からないまま、苦しみ逃げ出すところで物語は終わる。

一つの行い(この場合は「ある計画」だ)によって心を動かされ、前を向ける人間もいればまだ幸せになるには時間がかかる人間もいておかしくないだろう。

 

ヒーローの行いの不完全さをこの舞台では綺麗にかつ残酷に描写し切ったうえで、エピローグを挟みフォローした後、突き放した。

それでもヒーローは、その人のためになると思うことであれば全力で、愛を持って、行動しなければならない。たとえ全員がカタルシスを得られなくても。

それって自分のエゴでしかないのではないかと悩むこともあるだろう。しかし突き進まなければならないのだ。それが「スーパーヒーロー」だから。

 

そしてわたしはこう思うのだ。ヒーローは人を救ってまた自分を救えるのだろうか、と。

 

 

さあ、明日からものびのび生きていきますか。